脾は運化を司る

中医学の用語で、脾は運化を司るとあります。
この運化とは何を意味しているのでしょうか?
運ははこぶ、化は変化させる作用です。
現代医学的に言えば、運は食べたものを吸収する作用です。
胃に蓄えられた食物は、膵臓からの消化酵素や胆汁などと一緒に小腸から吸収され肝臓に運ばれます。
このあたりまでが運という作用になります。
そこから先が化です。
化は新陳代謝を意味します。
肝臓の代謝機能、細胞での代謝などは化の部分になります。
脾の病気を考える時、運についてはよく考えますが、化の部分はあまり注意が払われないという事があります。
例えば、食欲が無いとか、消化しないとか、下痢をするなどは脾の運に問題があるとすぐに解ります。
しかし、代謝が落ちているとか、疲れやすいなどの場合は脾の化に問題があります。
運に問題がなく化に問題がある場合、脾との関連性に気がつかない事も多くあります。
脾の化の作用を強めるのはやはり人参が1番でしょう。
これに対して茯苓、白朮は運に対しての効果になります。
処方で言えば、四君子湯はやや運に、人参湯はやや化に重点をおいた処方です。
運と化の違いを考えると、この違いがよく理解出来ます。

漢方は医療なのか文化なのか?

漢方は病気を治すという目的では医療そのものです。
ただ、もう一つ、漢方には文化という側面も持っています。
日本では医療の一部としてしか漢方は考えられていませんが、中国、台湾、韓国では違います。
その国の文化として、しっかりと根付いています。
例えば韓国。何処に行っても「鹿茸」や「人参」が見られます。
料理の中にも人参をよく使っています。
そして、韓国人のうちの半分くらいの人は病気でなくても健康維持や美容のために何らかの漢方薬を飲んでいるそうです。
台湾とはというと、野菜を売るように漢方薬を売っています。
また、青汁のような漢方ジュースもあります。
この生薬にはこういった効能があるという事もよく知られています。
つまり健康維持として漢方は広く普及しているのです。
これらの物は長い歴史の中でその国の文化として根付いています。
日本では残念ながら漢方の普及率は高くありません。
また漢方は医療の一部で文化と言える程、国民に支持されていません。
いつか日本にも漢方文化が根付くと良いと思っています。

難産のお札(おふだ

験方新編という清の時代の書物に難産の時のお札(おふだ)の書き方が記載されています。
験方新編はれっきとした中医学の古典で、とても有用な書物です。
では何故、このような非科学的なお札の書き方が記載されていたのでしょうか?
難産は、現在では帝王切開がありますから直接命にかかわるケースは少なくなっています。
しかしまだ清の時代は帝王切開の技術がありませんでした。
この為、難産で命を落とす女性は沢山いたと思われます。
勿論、難産の漢方処方は沢山あります。
しかしやはり飲み薬では限界がありました。
人間は限界になると、何かの心理的なよりどころが必要になります。
こうしたお札で、少しでも心理的な負担を軽くしようとしたのでは無いでしょうか。
さすがに現代中医学ではお札の書き方までは勉強しません。
このような迷信的なものを単純に非科学的と頭から否定しないで、時代の流れの中で、
どうしてこの時代にこのようなものが必要とされていたかを理解する事も中医学を学ぶ者として大切だと思います。

強人傷寒発其汗、虚人傷寒建其中

強人とは、体力のある人です。
日本漢方で言う実証のような体質の人です。
そのような人は、風邪やインフルエンザなどに傷寒にかかった時は、麻黄湯とか葛根湯なとで発汗すると治ります。
ただ、発汗にはある程度の体力が必要です。
ですから、体力の無い人に無理に発汗してしまうと、体力を消耗してしまいます。
このような事から、虚人、つまり体力の無い人は、建中、つまり胃腸を調えるという方法を優先されましょうと言う意味です。
虚証の人に発汗剤が使えないという事ではありません。
あまり強い発汗薬ではなく、また同時に健脾も考えましょうという意味です。
このような事で生まれた処方が参蘇飲です。

治身、太上養神、其次養形。

准南子の言葉です。
形というのは、肉体を意味しています。
神は精神です。
病気を治療するのは、まず精神を養う事が1番大切で、身体を治療するのはその次であるの意味です。
精神的な部分がしっかりしていないと、いくら良い治療をしても効果が出にくいという事です。
ストレスの多い現代社会において、とても名言だと思います。

放長線釣大魚

中国では有名な諺です。
ここでの線は釣り糸の意味です。
直訳すれば、「長い釣り糸を放ち、大きな魚を釣る」の意味になります。
長い釣り糸を放つとは、「あわてないで、準備万端調えて、じっくりと獲物を狙う」の意味です。
そのようにすると、大物がつれるという意味です。
日本語の「急いては事をし損じる」に近い意味もありますが、微妙に違います。
何故、これを取り上げたかというと、あわてないで漢方の不妊治療に取り組んで欲しいという思いがあります。
排卵誘発剤で、お手軽な排卵を狙うのも良いですが、しっかりした体質改善で妊娠という大魚を狙うのも良いのではと思います。

活到老、学到老

これは、老中医がよく使う言葉です。
日本語に翻訳すると、「生きている限り勉強だ」という意味です。
中医学は奥が深く、全部勉強するには一生かかっても足りません。
今も昔も偉大な中医師は、亡くなる直前まで勉強を続けていました。
私も活到老、学到老の精神で頑張りたいと思います。

昼発熱者従、昼発寒者逆

1日の中で陰陽の状態は変化しています。
これに従って、体内の陰陽もまた変化しています。
朝から夕方までは、陽気が、衰 → 盛 → 衰 という過程をとります。
また夕方から明け方までは、陰気が 衰 → 盛 → 衰 という過程になります。
人間の体もこれにあわせて変化します。
ですので、昼の陽気の多い時期に、発熱するのは「従 (順)」であり、陽気の多い時期に冷えるのは「逆」になります。
一般に、順よりも逆の方が病気が重いと考えます。

人挪活,樹挪死

今回は中医用語でなくて、一般の中国語です。
「挪」は、移動するという意味です。
人は、同じ所にずっと止まっていると飽きてきます。
ですから、適度に環境を変えて気分転換する事が大切です。
これに対して、樹木は、植え替えを何回も行うと枯れてしまいます。
つまり、「人は皆、チャレンジ、チャレンジ」ですね。

陰陽二字、固以対待而言、所指無定所

意味としては、「陰陽という事柄を意味する2文字は、もとより比べてみて言えることで、決まった物を指すわけではない」となります。
元の時代の朱震亨という人が述べたものです。
中医学を学んだ人は、よく血は陰で、気は陽といいます。
また低温期は陰で、高温期は陽といいます。
しかし、絶対的な陰と陽は存在しません。
2つのものを比較して始めて、どちらかが陰、どちらがが陽となります。

車到山前必有路

この言葉は必ずしも中医学の言葉ではなくて、中国語ではとても有名なことわざです。
山を遠くから見ていても、そこに山を越える道があるかは解りません。
しかし、まずは山に近づいてみると、必ず何処かに道があるよという意味です。
何か困難にぶつかった時、心配しない困難に向かっていけば、必ず解決の方法が見つかるという意味です。
もう少し気楽に、「まあ、なんとかなるさ」という意味にとらえても良いでしょう。
日本語で「案ずるより産むが易し」という言葉と共通しています。
「当たって砕けろ」よりも、スマートだと思います。
私のとても好きな言葉です。

上善若水、下愚如火

脈診について一段落しましたので、今日から中医の名言についていくつか解説しようと思います。
第1回目は「上善若水、下愚如火」です。
中医の養生について述べたもので、養神(こころを養う)事の大切さを述べています。
養神のキーポイントは「静」にあります。
心を水のように静かに落ち着かせる事が養生として大切で、火ようにいつも怒っていてはなかなか養神は出来ないという事です。
素問では、「人静则神气内藏,含蓄不露;躁动无度则神气消亡」
「人間は静かなら神気を内蔵して外には見えない、騒がしいと神気は消耗して身体や命を損じる」と述べています。
理屈はとてもよくわかりますが、実際にはなかなか難しい事ですね。

脈の部位

さて、ここまで主に脈の形状について説明して来ましたので、これから脈の部位について説明します。
古代の脈診は手首の脈だけでなく、足首の脈や首の脈など様々な部位で脈診をしました。
しかし、それでは診察がとても大変です。
最近は手首の脈の部位を「寸、関、尺」と分けて、それぞれ上半身(上焦)、まん中(中焦)、下半身(下焦)とします。
左右により、次のような対応になります。
 左 寸  心
 左 関  肝
 左 尺  腎(子宮)

 右 寸  肺
 右 関  脾
 右 尺  命門(卵巣)

このようになります。
よく見ると、左は血に関係する臓、右は気に関係する臓になっています。

例えば、右の寸脈が弱い場合は、肺気虚の事が多く、風邪をひきやすい、息切れがしやすいなどがあります。
右の寸脈が異常に強い場合は、肺に痰濁がたまっている事が考えられます。
この場合は、喘促、呼吸困難などがあります。
右の関脈が弱い場合は、脾気虚で、胃腸が弱く、食べても太らないとか、下痢しやすいなどがあります。
胃の手術をしたような場合も右の関脈がとても弱くなる事があります。
右の関脈が強すぎる場合は食滞で、食べ過ぎ、飲み過ぎの事が多いようです。便秘の場合もあります。
右の尺脉が弱い場合は腎陽虚で、冷えやすい体質の事が多くあります。

左の寸脈が弱い場合は、心の気虚や血虚で、動悸、めまい、たちくらみ、不安感などが出やすいです。
左の寸脈が強すぎる場合は、心に邪気が多い状態で、のぼせ、イライラ、不眠、鼻血、高血圧などがあります。
左の関脈が弱い場合は、肝気虚か肝血不足です。
逆に左の関脈が強すぎる場合は、肝火とか肝鬱です。
肝鬱の場合は弦脈になりやすく、肝火は洪脈か滑脈になりやすいです。
左の尺脉が弱い場合は、腎陰虚が多くみられます。
また左の尺脉が強すぎる場合は、腎や膀胱に水邪などがたまっている場合にあります。
排尿困難や排尿痛、むくみなどがおこりやすくなります。

昔、今のようにCTだのエコーだのが無い場合、脈は重要な手がかりとなりました。

ただ、脈はある程度の目安で、脈だけで断定する事は出ません。
かならず他の症状と照らし合わせて考える事が大切です。

脈診は非科学的なものではありません。
非常に多くの患者さんの統計と考えてください。

短脈

短脈は長脈の反対で、指の幅1本くらいの短い脈です。
短脈は、気に問題があるとされる脈で、力がある場合は気滞、力が無い場合は気虚を意味します。
また、短脈で滑脈がみられる場合は、胆気虚で痰湿がたまっている場合によくみられます。

長脈

脈は、通常では指の横幅3本分の長さです。
これより長い脈を長脈と言います。
長脈は気血が充実している場合です。
健康な人に長脈がみられるのは良い状態です。
ただ、体内に熱がこもっているような場合にも長脈はよくみられます。
このような場合は交感神経が興奮している事が多く、イライラしたり、不眠になったりします。

牢脈

牢脈とは、沈んでいて、太く固く、また動かない脈です。
牢は閉じ込めるという意味ですから、閉じ込められた脈です。
意味としては邪実で、邪気が裏にあるという意味です。
多くは寒邪ですが、熱邪の場合や食滞などの場合もあります。
もし、虚証で見られる場合は、体証と脈証があっていない事になり、あまり良い状態ではありません。
冬の寒い時期はたまに牢脈がみられますが、夏はあまりみられません。

散脈

散脈は、浮で力がなく、強く触れると散ってなくなってしまう脈です。
速さも一定ではありません。
このような脈がみられるのは、元気が散乱している状態で、危険な状態です。
当然、お店に来られるような方ではこのような脈の人はありません。

革脈

革脈は弦脈に似ていますが、弦脈より少し太い事が多いです。
また、浮脈になる事が殆どです。
太くて、浮いていて、大きく力強い感じの脈ですが、少し力を入れてみると中が空洞のような感じがします。
革脈は実ではなく、虚の脈です。
気虚や陽虚でよく見られます。
もし血虚の場合で革脈が見られる場合は、陽気が脱しようとしている場合があり、これはあまり良くありません。
革脈は、長脈になりやすく、疲れやすい、動悸、不眠、多汗などを同時にうったえる事が多い脈です。

緊脈

緊脈は、弦脈に似ています。
弦脈よりもっと固く、ちょうど弦脈を、こよりのようによって、つよくした感じです。
弦脈との区別はあいまいで、どこまでが弦脈で、どこからが緊脈なのかという判断は、診察する人の主観が入ります。
意味としては、弦脈とほぼ同じですが、慢性病で緊脈が出る事は少なく、殆どが急性病になります。
風寒の邪気が体表をおかしたような場合によくみられる脈です。
また、強い痛みなどでも緊脈が出ます。
緊脈は体に強いストレスを受けている状態ですから、緊脈が長く続くのは良くありません。
ですから緊脈が見られた場合は、適切な治療が必要になります。

弦脈

弦脈とは、脈が固く、ちょうど弓の弦のような状態の脈です。
血管が収縮している状態と考えられます。
血管が収縮する原因としては、寒さ、ストレス、痛みなどがあります。
時に弦脈で、非常に長い脈の事があります。
このような場合は交感神経が興奮している事が多く、不眠症やイライラなどを伴う事が多いようです。
逍遥散を使うような場合は、弦でも細で、力は弱く、四逆散の場合は弦でもやや沈の事が多くなります。
弦脈の人は緊張しやすいタイプが多いので、つねにリラックスするように心がける事が大切です。

渋脈

渋脈は澀脈とも良い、流れが悪い状態の脈で、ちょうど滑脈の反対の脈になります。
中医学的な意味は、血液の汚れ、瘀血を意味しますが、それ以外にも血の不足(血虚)や気虚でも渋脈が出る事があります。
滑脈はちょっと慣れるとよく解る脈なのですが、渋脈が解るようになるには、少し訓練が要ります。
渋脈の渋るという感覚は口で説明出来ない感覚なので、誰かに教えてもらわないとなかなか解りません。
しかし、一度解ってしまうと、意外に渋脈の人は多いものです。

滑脈

滑脈は、流れが円滑な脈で、指にふれると玉がころころところがっているような感覚の脈です。
痰(汚れた水、脂、繊維)などが多い時にみられる脈ですが、それ以外によく見られるのが妊娠です。
中国や韓国の時代劇で、この脈がよく登場します。
妊娠検査薬やエコーがなかった時代は脈で妊娠なのか生理不順なのか判断しましまた。
妊娠でなくても高温期にはよく滑脈が診られます。
滑脈の条件としては、血管が軟らかく、かつ、流れがスムースな時にみられます。

もし、滑脈で、関の脈しか触れない場合は短脈となり、痰湿が多い場合の脈です。
滑脈で、寸関尺ともバランスよく触れる場合は、妊娠とか高温期、また気血がさかんな場合です。