中医学の歴史6 疫病の治療

さて、ここから日本と中国の漢方では大きな違いが生まれていきます。

まず、日本ではどうだったかというと、後世派の生ぬるい治療に嫌気をさして傷寒論の処方で疫病を治そうという一派が生まれました。
これが古方派という人たちです。
この時はまだ抗生物質が無かったため、命にかかわる急性病は最優先に治療されるべきでした。
こういった急性病は「病毒」が原因で、体質は関係ないと考えました。
毒が去れば病気は自然に治る、それで治らない場合はそれは天命だと考えました。
「古方の一時殺し、後世のなぶり殺し」と言われるように、古方派の人たちは体力が消耗する前に強い薬で一気に病気を攻めました。
この方法は急性病を治療するには今でも正しい方法と言えます。
古方派の治療方法は少々荒治療でしたが治療効果が良かったので、多くの人に支持されて、いつのまにか後世派は陰の薄い存在になってしまいました。

これに対して中国では、病気の治療において、急性病は去邪を主にし、慢性病は臓腑辨証を行うという考えたが普通でした。
日本のように後世派と古方派の対立というような事は無かったので、どちらの考えも発展していきました。

中医学の歴史5 金元4大家

金元の時代になると、中医学はさらに発達して、金元四大家という人たちが新しい理論をくりひろげて行きました。
特にその中の李東垣と朱丹渓の本は日本にも伝えられ朱李医学として日本でも広く用いられていました。
日本の曲直瀬道三などの本を見て見ると、日本式の漢方ではなく、全く今の中医学と同じように辨証論治をして治療していました。
曲直瀬道三などのように、朱李医学を基礎にして臓腑辨証を主に行って治療する流派を後世派と呼びます。
臓腑辨証は、不調の原因を考え、体質改善をしていくには非常に良い方法です。
ただ、疫病などの治療にはあまり適していません。
疫病は病気の進行が早く、一刻の猶予もありません。
とても臓腑辨証などで体質改善をしている時間は無いのです。

中医学の歴史4 宋改

さて、宋の時代は、医学が非常に発達した時代です。
このころ、新しい理論の発達だけでなくて、過去の古い書物を整理してまとめるという膨大な作業が行われました。
これを宋改といいます。
宋以前に書かれた殆どの書物が、ここで書き改められました。
宋改があったからこそ、宋以前の沢山の医学書が今残っていると考えられます。
ただ、残念な事に宋改によって多くの部分が書き直され、どこまでが原書の内容なのか、どこからが宋改によるものか解らなくなってしまいました。
傷寒論も宋改をうけました。
ですので、傷寒論の原文がいったいどのようなものだったのか今では誰にも解らない状態です。
この頃につくられた「太平聖恵方」は、殆どすべての病気を網羅している総合治療大系とも言えるものです。

中医学の歴史3 隨・唐の時代

傷寒論は後漢の時代に書かれたと考えられます。
今からちょうど2000年前くらいの書物になります。

さて、その後、隨の時代に『諸病源候論』という書物が書かれました。
これを見てみてると、病気がおこる原因を詳しく分析しています。
ちょうど病理学の本と言えます。
ただ、これだけ深く病理を掘り下げておきながら肝腎の治療方法については殆ど触れられていません。
とても残念な事です。

唐に時代になると「千金方」と「外台秘要」という書物が作られました。
この2は、簡単に言えば処方集です。
お医者さんがいつも持っている治療ガイドのようなものです。
内容としては、傷寒論、金匱要略の不足を補うもので、非常に広範囲な病気について語られています。
傷寒論、金匱要略は有用性が高いものでしたが、あまりに簡潔すぎて不足の部分が多かったと思われます。
千金方は臓腑ごとに病気をまとめ、辨証論治の基礎を作りました。
外台秘要は病名ごとに病気をまとめ、弁病論治の基礎を作りました。
隨・唐の時代は日本とも国交が深かったので、これらの書物もみな日本に伝わったと考えられます。

中医学の歴史2 傷寒論

黄帝内経は、中医学の理論をうちたてた素晴らしい本ですが少し足りない部分もありました。
それは「命にかかわる感染症」の治療です。
黄帝内経の治療は鍼灸を中心としたものでしたから、体の調節とか慢性病の治療には非常にすぐれていましたが当時流行した疫病などの治療にはあまり効果がありませんでした。
そこで登場したのが「傷寒論」という書物です。
傷寒論は実用書としてかかれています。
傷寒という病気(恐らくチフスなどの伝染病)にかかった場合の治療方法が誰にでも解るように「こういう場合はこうしなさい」という箇条書き風にかかれています。
この中には理論らしい理論は記載されていません。
しかし、ある程度読み込むと、記載されていないだけで、実に多くの理論や経験が含まれている事が解ります。
黄帝内経に比べれば極めて短い書物ですが、こちにも深く研究すると一生かかっても追いつかない内容です。
そこに書かれている多くの処方は今でも多用されています。
みなさんがよく知っている葛根湯とか小柴胡湯などはここに書かれています。
また傷寒論とセットで金匱要略という書物も書かれました。
こちらは慢性病の治療のガイドブックのような存在です。
ただ、その中の処方は簡潔で無駄がなく、かつ治療効果の良いもので、今でも処方のお手本にされています。

所で、傷寒論は日本にも渡り、沢山の写本が見つかっています。
その中には傷寒論の原本ではないか?と思われるものもあります。
ですので、傷寒論が日本に伝わったのはかなり早い時期ではないかと思われます。

中医学の歴史1 黄帝内経

今回より、何回かに分けて、漢方の歴史についてお話ししたいと思います。
昔の人がどのうにして、病気と向いあって来たか。
また、今の日本では「中国式の中医学」と「日本式の漢方」の2つの流れがあります。
この違いはいつ頃から、何故うまれたか、またどのような違いがあるかに付いてお話しします。

中医学の一番古い書物は何かは今では解っていません。
ただ、春秋戦国時代にかかれたと思われる「黄帝内経 こうていだいけい」という書物が現代中医学の基礎になっています。
黄帝内経は、特に臓腑と経絡について詳しく書かれています。
特に、陰陽五行説という中国古来からある東洋哲学の影響を強くうけています。
この黄帝内経は、後から書き加えられた部分が多くあり、どこまでが原書かは今となっては解りません。
ただ、臓腑の生理や病理が非常に詳しく書かれていて、今でもとても参考になる書物です。
2000年以上前の人が、このように緻密に体内のしくみを考えていたかと思うと頭が下がる思いです。

黄帝内経は漢方薬を使った治療については殆ど書かれていません。
鍼灸を使った治療については非常に詳しくかかれています。
この事から、古代は鍼灸による治療が盛んだったと考えられます。
(特に中国の北方では)
養命酒の宣伝でも「女性は7の倍数、男性は8の倍数によって支配されている」と引用しています。
7は奇数で、陽。8は偶数で陰です。
ですから、陰である女性は陽である7でコントロールされていて、陽である男性は8という陰数でコントロールされています。
このあたりの陰と陽との相互依存、相互対立はとても面白い理論です。
黄帝内経を研究するたげで一生あっても足りないと言われています。
これは一人の人の作品ではなく、非常に多くの人が協力して作ったという事です。
勿論、作者が誰という事も解ってはいません。
この頃の本は竹簡といって竹にかかれていました。
こんな古い本が今まで伝わっているという事自体、驚きを隠せませんが今でも第一級の実用書としての価値があることは信じられません。
「2000年前に宇宙人が地球にやって来て作った」という説も思わず信じてしまいそうな内容の本です。

血の生成

中医学的には、血は何処でどのように作られるのでしょうか?
食べた物は胃に入り、脾で精微物質として吸収されます。
それが上にのぼり肺近くまで運ばれます。
そこで、宗気とまざり赤く変化して、血となります。
宗気は肺で呼吸した大気と、脾からの精微物質で出来ています。
ですから、精微物質は、肺気とまざり宗気になるものと、宗気とまざり血となるものがある訳です。
さて、ここで大切な事は、血の生成には消化吸収した精微物質だけでなく、宗気が必要だという事です。
宗気の生成には肺から呼吸した大気が必要です。
つまり、血の生成には大気が必要という事です。
この事は、ただ必要なものを食べているだけではなかなか血は増えないという事です。
良い血を作るには宗気の生成をよくする必要があります。
その為には、肺の働きを強化します。
つまり、適度な運動が欠かせないという事です。
結局の所、体に必要なタンパク質や鉄分を充分に補い、頑張って必要な運動もしていく事が大切になります。

5つの味

生薬の味は。「酸・苦・甘・辛・鹹」の5つに分けられます。
鹹は「しおからい」つまり「しょっぱい」の意味です。
日本語の読みは「かん」、中国語は「Xian2 しぇん 2声」です。
日本ではあまり使われない漢字ですが、中国ではしょっちゅう使われます。
このあたりは文化の違いを感じます。
酸っぱい味の生薬、たとえば山茱萸などは肝との関係が強くなります。
苦い味の生薬は、例えば黄連は心に働く生薬となります。
甘い味の甘草や膠飴は脾、辛い味の麻黄は肺、鹹味のは腎との関係が強くなります。
ただ、これは無理矢理にこじつけた部分も多くあります。
例えば苦み。少量の苦みは苦味健胃薬といって、胃腸の働きを活発にします。
たとえばアロエとか、黄柏などです。
辛いカレーなどは、肺の機能を高め発汗させるだけでなく心にも働きますし、胃腸を刺激する作用もあります。
甘い味は、エネルギー源になりますが、とりすぎれば痰湿のもとになり胃腸を傷つけます。
鹹味の生薬はあまり多くはありません。
水蛭などは鹹味ですが、必ずしも補腎作用ではありません。
補腎薬の一部は、塩水で服用すると腎まで届くという考え方がありました。
しかし、塩分はむしろ腎の負担になります。
一般的には、五味と臓腑の関係は、適量ならその臓を丈夫にしますが、採りすぎるとその臓を傷つける事になります。
テレビなどで○○○○が、○○○○に良いなどいわれて大量にとる人があります。
適量を守る事は大切です。

肝を補う

気の流れを調整しているのが肝という事はおわかり頂けたと思います。
では、肝の働きを良くするのにはどうしたら良いでしょうか?
中医の用語では「肝の用は陽、肝の体は陰」といいます。
肝の用とは、肝の働きの意味です。
肝の体とは、肝を作っている物質、つまり本体の意味です。
肝は木に例えられます。
木は生きている間は水分を多く含んでいて、強い風が吹いても、柔らかく対処できて折れる事はありません。
しかし、水分を失うと折れやすくなります。
肝の構成物質は血と陰液です。
この2つが肝の中にたっぷりあると、肝は柔らかい状態を保っていけます。
ですから、肝にとって陰血はとても大切なものです。
肝の陰血を補う最も有名なものが「杞菊地黄丸」と「婦宝当帰膠」です。
前者はやや陰を補い、後者はやや血を補う点に違いがあります。

気の流れと肝

気にも色々な種類があります。
それらの気の流れをコントロールしているのは何処でしょうか?
どの臓腑にも、それぞれ固有の気がありますから、それぞれの臓腑がそれぞれの気を管理していると言う事は出来ます。
しかし、気の流れの大本締めみたいな役割をしているのが肝です。
この作用を疏肝作用(そかんさよう)といっています。
肝の働きが悪くなって、気の流れが悪くなる場合はおおまかに2種類の状態が考えれます。
気の量がすくなくて、流れ不足になる場合。気も血も、量が少なくなれば、当然に流れが悪くなります。
このような状態は肝気虚となります。
ただし、気を作る作用は脾とか肺とかが関係していますので、これらの臓腑も考えて治療します。
気の量が多すぎると、渋滞します。
車の渋滞と同じです。
気の流れ道の中で、つまりやすい部分があります。
道路でも渋滞しやすい道路があるのと同じです。
つまりやすい部分としては、目、のど、胸、脇、鼠径部などがあります。
この部分の違和感は気滞と関係する事が多いです。
これらの渋滞が長く続く続くと、化熱といって、熱をもってくる事があります。
また、痰湿とむすびついて、痰核を作る事もあります。
同じ気滞でも、気虚ベースのものと、気実ベースのものでは治療方法が違うので要注意です。

薬機法の問題点

医薬品の製造、管理、販売などについて決めた法律を薬機法と言います。
今の薬機法は、西洋医学が中心で、漢方については殆ど考慮されていません。
このため、漢方薬に対しても西洋薬と同じ基準があてはめられてしまいます。
西洋医学と東洋医学では、診断も違いますし使い方も違います。
根本的に考え方が全くちがう医学体系です。
これに対して同じ法律で対処すると色々な問題が出て来ます。
漢方のお店をやっていて、経験上できるだけ早く改正してもらいたい問題点をあげてみます。

1.同じものが食品だったり、医薬品だったり。
まったく同じものでも「はとむぎ」として食品として扱われ、また「ヨクイニン」と言われて医薬品として扱われる事があります。
食品の場合は、効能・効果を表示する事は出来ませんが、用法用量の制限もありません。
医薬品の場合は、用法用量の制限が出てきます。
食品としては無制限に摂取出来るのに、医薬品としては量の制限があるのは矛盾しています。
はとむぎ以外に、どくだみ、すいかずら、シソ葉、薄荷葉、甘草、なつめ、山査子など沢山のものがあります。
どちらかに統一すべきと思います。

2.作用の強いものが医薬品とは限らない
当帰、芍薬など比較的おだやかの物が医薬品で、水蛭、三稜、莪朮、田七など比較的作用が強い物が健康食品として扱われています。
比較的作用の強いものは、体質にあわせて飲む必要があります。
この場合、専門のお店などでよく相談すべきで、食品として扱うのはどうかと思われます。
この点は、中国の中医師に話すと、皆、信じられないと言います。

3.効能効果が古すぎる、あるいは日本式
多数の漢方の効能効果が決められたのは、中医学が普及する前です。
主に、日本漢方の大塚敬節先生や矢数道明先生などの経験を参考にして作られました。
この頃の漢方医学は、経験医学で、経験の蓄積で成り立っています。
今は中国からの中医学が普及しています。
中医学は、学問としての理論体系があります。
同じ漢方でも考え方は全然違います。
私は日本式の漢方を否定する気はありませんが、もう少し中医学に則した効能効果も表記が認められると良いと思います。

4.体質に応じて加減しにくい
漢方は本来は体質に応じて量を加減するものです。
今の薬事法は、用法用量を守ってという事で、誰でも同じ量を服用するように指導しています。
漢方薬の場合は、もう少し容量表記に幅をもたせる方が良いと思われます。

5.新しい漢方の認可について
昔認可された漢方をのぞいて、新しく漢方薬としての認可うけるには西洋薬と同じ基準が適応されてしまいます。
動物実験をはじめ、病院の臨床データなど、莫大な費用がかかってしまいます。
中国には素晴らしい漢方薬が沢山あります。
安全と解っている生薬の組み合わせが少し変わるだけで、全く新しい医薬品としての認可が必要というのもどうかなと思います。
もう少し簡単に認可がとれるようにして頂けると日本国民にとって有益と思います。

日本において、漢方が少しでも普及するように、もう少し漢方薬に配慮した薬機法が出来ると良いなと強く思っています。

病名漢方

漢方薬を西洋医学の病名で処方する事があります。
これを「病名漢方」と言います。
病名漢方は、漢方の知識が全くなくても、西洋医学を知っていれば漢方を使えるので多用されがちです。
しかし、これは正しい漢方の方法ではありません。
漢方薬は病名以外に、その人の体質や、状態を重視します。
時に周りの環境とか季節までも考慮します。
病名が同じでも、使う漢方薬は一人一人の体質や状態によって違ってきます。
例えば、風邪の場合。
寒気が強い場合は暖める作用のある処方を使います。
逆に熱寒がつよく、喉が渇くなどの場合は冷やす作用のものを使います。
これを使い間違えると、症状は悪化します。
また同じ暖める作用のものでも、気虚といってエネルギー不足の場合は麻黄などが沢山含まれたものを飲むと体力が消耗してしまいます。
このように病名だけでなく体質を考えて漢方を使うと効き目が良くなるだけでなく、副作用を予防する事が出来ます。
これを同病異治といいます。
同じ病気でも体質や状態によって違う治療を行うという事です。
西洋医学でも、最近は遺伝子配列を調べて、あらかじめ薬の効き目や副作用を予測する方法が開発されつつあります。
この考え方は漢方の考え方に近いものです。

これに対して異病同治という考えがあります。
例えば、中医学では血液の汚れの淤血や、汚れた水、脂、繊維が原因の痰湿という病邪があります。
淤血によって引き起こされた病気であれば、西洋医学の病名が何であれ、淤血を綺麗にする漢方を使います。
これを異病同治といいます。
異病同時は西洋医学でもよく用いられている手法です。

今日は神の話です。
神といっても、天国の神様ではありません。
神の意味に一番近い言葉は、意識かも知れません。
つまり、神があるとは意識がある、神が無いとは意識が無いという意味です。
中医用語では有神、無神といいます。
無神はただ単に、眠っているとか気を失っているという事ではなく、昏睡状態に近い場合で生命自体が危険な状態です。
意識は大脳の働きですが、中医学では心の一部です。
つまり心に神がすんでいるのです。

心は神の住み家です。
もし家がしっかりしていると、神は安心して家にいます。
しかし、恐怖とか強いストレスをうけると、心は揺さぶられます。
中にすんでいる神は、びっくりして家から飛び出します。
この時に、何事もなければ、やがて神は心にもどります。
しかし、体内に色々な汚れ(邪気)があると、神が心に戻る前に、空き家になった心に入り込み住み着いてしまいます。
このような状態になると神は戻る場所を失ってしまい、あっちをウロウロ、こっちをウロウロとさまよい続けます。
このような時は、養神薬や安神薬だけでは不足で、心を占領している邪気をとりはらう事が大切です。

陽気について

陽気とは、体を暖める気です。
陽気が作られる場所は、腎と脾と考えられます。
食べたものは、脾で消化されて、栄養物質を腎に運びます。
腎はその栄養を燃やして熱をつくっています。
この関係は、竈と鍋に例えられます。
竈に火が無いと、鍋は煮えません。
鍋が煮えないと消化出来ません。
つまり腎陽が上にのぼり、脾陽となり消化をおこないます。
脾で消化された精微物質が腎に運ばれ燃料となります。
これを繰り返す事で生命の陽気が保たれていると考えられます。
この事から考えると、脾陽が不足の場合は腎陽を補う必要があります。
腎陽を補う場合は、燃料の供給、つまり脾の働きを良くする必要があります。
ですので、陽気を補う場合は、この関係をよくよく考えて漢方薬を使っていく事が大切です。

自律神経2

自律神経は、「交感神経」と「副交感神経」に分かれます。
さらに細かく分かれるのですが、中医学的にはそこまで細かく分けて考える必要はありません。

人間も動物です。
餌を食べるためには、狩りに出るとか、畑仕事をするとか、活動しないと行けません。
この時に働くのが交感神経です。
精神的にはやや緊張状態になります。
活動にむいた状態を作りだします。
その分、胃腸の働きは少しお休み状態になります。
興奮してばくばく食べる人もありますが、一般的には交感神経が働くと食欲はなくなります。
悩みがあっても同じです。

副交感神経は、獲物を食べ終わって、お腹が一杯になった状態の時に働きます。
精神的にはゆったりとして、眠くなります。
脳に行く血流は少なくなって、その分は胃腸に血液を集中させて消化を助けます。
「食てすぐ寝ると牛になる」などと言う人がありますが、そんな事はありません。
勿論、食事の時間が夜遅いと太りやすいという事はあります。
ただ、食後はあまり運動しないでくつろぐ事が大切です。

さて、中医学にあてはめると、交感神経は肝、副交感神経は脾に属します。
脾については、前にお話ししたので、今回は省略します。
交感神経は肝の気、肝気と考えます。
肝気は働きすぎると、つまって流れが悪くなります。
また働きが弱すぎると流れなくなります。
どっちにしても流れなくなります。
肝気がスムースに流れなくなると、不足した場合は「とにかくやる気がしない」など鬱の状態になります。
流れが強くなりすぎると、イライラ、カッカとして、癇癪をおこします。
ですから、肝気の強さは適当で、スムースに流れる事が大切なのです。

自律神経1

中医学の気の働きは、現代医学の自律神経も含まれています。
自律神経失調症という言葉はよく出て来ますよね。
なんとなく体が不調な、「あれ」です。
ただ、意外と正しく理解されていないケースもあるようです。

神経には、体から中枢(脳)に伝わる上行神経と、中枢から体に向かう下行神経があります。

上行神経は知覚神経です。

下行神経は、運動神経と自律神経に分けられます。
運動神経は、さらに脳から筋肉に行く錐体路と、脳核や小脳などから筋肉に行く錐体外路に分けられます。
錐体路は自分の考えで筋肉を動かしています。
これに対して錐体外路は無意識で筋肉の調整をしている部分です。
この錐体外路系の障害があると、手足の震えや、運動障害がおこります。
この状態を中医学では「肝風内動」といいます。
肝風内動については、また別な項目をつくって詳しく説明したいと思っています。

さて、下行神経のうちの一つ、自律神経です。
これは、脳の下の部分の視床下部という所が中枢部です。
ですから、視床下部が自律神経をコントロールしているのです。
視床下部は、自律神経以外にも脳下垂体をコントロールしています。
脳下垂体は、全身のホルモンをコントロールしています。
....なかなか複雑ですね。
ですから、視床下部はとても忙しいのです。
大昔、平和な時代なら、ストレスも少なくて、視床下部の仕事も少なかったでしょう。
でも、今みたいなストレスフルの時代になると、視床下部君は、本当に年中無休でヘトヘトです。(~_~;)

さて、次回は自律神経をもう少し詳しくみていきましょう。

肝臓というと、現代医学では代謝の中心センターみたいなものです。
いろいろな毒素が分解されたり、体に必要なものが合成されたり。
でも、中医学の肝の働きとしてはこういった毒素を分解する働きとか、体に必要なものを合成するという事は考えられていません。
こういった働きは、原則としては脾の働きと考えます。
では、中医学の肝とはいったいどんな事をしているのでしょうか?
肝の働きを一言で言えば「気の流れを調整している」という事です。
あともう一つは「あまった血を貯蔵している」。
まず気の流れを理解するには、気というものを理解する必要があります。
気って、わかる気がするけども、解らない気もする。
実は中医学の中でも一番難しい。
何故なら目に見えないし、色々な種類があるし、人によっても言う事が違ったりします。
中医学の古典から気の部分だけを抜き出していくと、おそらく百科事典くらいの本になってしまうでしょう。
しかし、この「気」という概念があるからこそ、中医学は今でも現代医学よりも優れている部分が多くあるのです。
次回は、ちょっとだけ気の話をして、また肝に戻って来ましょう。

虚実からみた健脾と消導

胃腸を丈夫にする健脾と、食べたものを消化する消導。
臨床的にはこの2つは明確に区別するのは難しい事が多いのです。
ただ、中医学(中国の漢方)の理論では明確に区別されます。
その違いを一言で言えば、虚実の違いです。
中医学では虚とは、体に必要な物やエネルギーが足りない事。つまり正気の不足。
実とは体にとって必要ない、あるいは毒になるものが多い。つまり邪気が実している。
虚は補い、実は余分なものを取る治療が必要です。
健脾は脾の気を補う方法。消導は、胃腸の実をとる方法となります。
虚と実では、天と地くらいの違いがあるのですが、また虚が原因で実が出来たり、実が原因で虚になったりと、お互いに深い関係もあります。
つまり、胃腸が弱いから食滞がたまり、食滞があると胃腸が悪くなる。
鶏と卵の関係に似ています。
このあたりが中医学の面白さです。

さて、この虚実ですが、日本式の漢方だと、全然違う意味になってしまいます。
虚証とは体力がなく、疲れやすい、やせ気味の人です。
実証とは、体力があり、疲れにくく、体もがっちりとした人です。
私が漢方を勉強し始めた頃はまだ中医学が日本では殆どなくて、みな日本漢方を勉強していました。
そしていつも不思議におもったのは、虚証の人は病気しやすいでしょうけども、実証の人はあまり病気にならないのでは?という事です。
体力はあるし、疲れにくい、体もしっかりした人が、そんなに簡単に病気になるのかな?、という疑問がありました。
そうなら虚証の人向きの漢方薬の方が実証向きの人の漢方よりも多いはずです。
しかし、実際はほぼ半分くらいです。
その点、中医学の方が、実は余分なものがある状態、そして虚は必要なものが足りないという理論は明確です。
そして、多くの場合、一人の人間に虚と実が同時に存在します。
日本式の場合は実証の人は虚証ではないし、虚証の人は実証ではあり得ません。
ですから、虚証向きの処方を実証の人が飲む事は無いし、ましてその2つを併用する事などあり得ません。
しかし、中医学では虚と実を同時に治療する事が多くなります。
中医学に出会って、初めて、日本漢方における虚実の矛盾が払拭されました。

脾についてはここまでとして、次回からは気と肝について考えてみたいと思います。

食滞 しょくたい

食滞というのは、文字通り食べたものが滞る状態。
では、何故食滞がおこるかというと、消化能力以上のものを食べた場合に食滞がおこります。
当たり前の話ですが、実はそんなに単純にいかないのです。
消化能力といっても、個人差があります。季節差もあります。時間の差もあります。気温、疲れ具合、体調によっても左右されます。
また、食べる種類によっても差があります。
ある人は甘い物の消化力はつよくても、お酒は駄目。
ある人はお酒は得意でも、生ものは駄目とか。
日頃から、自分の消化能力を把握しておく事が食滞を防ぐ一番の方法です。

温度について言えば、脂物は胃腸の温度が下がると吸収が悪くなります。
ですから脂っこいものを食べる時は冷たいものは気をつけます。
そうは言ってもビールと焼き肉、美味しいですよね。
その場合はビールを口の中で温めるように、ちびちびと飲むと良いでしょう。
えっ、せこい飲み方? 健康の為ですから、そのぐらい我慢して下さいね。
タンパク質は生ですと消化が悪く、長く煮込むと消化がよくなります。
ですから胃腸が弱い人は刺身などよりシチューのようなものが適しています。

では、体質的に消化能力が低い人はどうすれば良いでしょうか?
一つは、健脾の漢方薬を続け、胃腸を強化する方法です。
これは、速効性はありませんが、根本治療に近い、とても良い方法です。
また、消導薬は、服用すれば一時的に消化能力がUPします。
ちょっとヤバイかなという場合とか、風邪などで消化能力が落ちている場合に消導薬を利用するのはお勧めです。

食滞がたまってくると、お腹が張る、口がまずい、口臭、げっぷ、ガスなどがおこります。
また、舌の苔が厚くなってきます。
宿便なども食滞の一部です。

消導薬と健脾薬を上手に使って、食滞にならないように注意しましょう。

消導薬

健脾と消導の区別が訳が解らなくなって来ましたね。
食後はだれでも胃がふくれます。
これがある時間たつと、また平らになります。
平らにならないポッコリお腹の人は別です。(~_~;)
これは、食べたものが消えて、下に導かれたためです。
この作用が「消導」です。
消導は脾の働きの一部です。
ですで、健脾薬があれば消導薬は消導薬は要らないのではと思われます。
しかし、中医学では健脾薬と消導薬は使い分けています。

体質的に胃腸が弱く、常々食欲がない、やせて体力が無い。
このような体質の人は脾虚といいます。
このような場合は、消導薬でなくて健脾薬を使います。
健脾薬は胃腸を丈夫にする働きがありますが、消導薬は一時的に消化を助けますが、胃腸を丈夫にする働きはありません。

食べ過ぎ、飲み過ぎで胃が苦しい...こんな時は消導薬の出番になります。
あまり胃腸の弱い人で少し食べても胃がもたれる。
このような場合は胃腸を丈夫にする健脾薬と消化を助ける消導薬を同時につかいます。

消導薬の代表は山査子、神麹、麦芽、蒼朮などです。
これらのものには酵素が沢山ふくまれて、食べたものを分解しやすくします。
また、胃液や胆汁、膵液などの分泌をよくしたり、胃腸の蠕動運動を活発にします。
ただし消導薬の作用は一時的で、続けて飲んでいて胃腸が丈夫になるという事はあまりありません。
ですので、胃腸が弱い場合は健脾と消導をうまく使い分ける事が必要です。
単なる暴飲暴食の場合は消導だけで健脾は必要ありません。

さて、次回は、消導薬とは切っても切れない、食滞についてお話しします。

健脾薬

脾の働きを良くする事を健脾と言い、その作用を持つ漢方薬を健脾薬と言います。
健脾薬の代表は、人参、白朮、茯苓などです。
人参はいわゆる朝鮮人参で、野菜の人参ではありません。
野菜の人参で胃腸が丈夫になるなら、とっても安上がりで良いのですが。

人参は昔から高価な薬の代表でした。
今でも野生の人参はなかなか採れないため、とても高価です。
また人参は生長がとても遅いので、薬になるまで何年もかかります。
何十年ものの野生の人参は起死回生の効果があるとして、今でもびっくりするくりい高価で取引されています。
こんなものはとても飲めないですが、栽培のもので500gで1万円から2万円くらいのものでも充分に健脾の高価が期待出来ます。
使うのは2gからせいぜい5gくらいですから、1日分としてはそんなに高くはありません。

さて、先ほどの人参、白朮、茯苓とさらに甘草を加えたものが四君子湯です。
四君子湯は健脾薬の基本処方です。
ただ、胃腸を丈夫にする事と、消化を助ける事は、中医学では少し別に考える事があります。
この場合、胃腸を丈夫にするのは「健脾」で、消化を助けるのが「消導」といいます。
先ほどの健脾薬の代表方剤、四君子湯。これは健脾の力はあっても消導の力はあまりありません。
さてさて、少し混乱してきましたね。
次回で、もう少し詳しくお話しいたします。

脾の働き

脾、というと「脾臓」。
脾臓って何処だっけ?何の働き?っていう方も多いのでは。
現代医学の脾臓は、リンパ球を成熟させたり、いらなくなった血液を壊す働きといわれています。
貧血がひどい場合は脾臓を摘出したりしますから、無くなっても命にかかわる事はありません。
これに対して東洋医学、つまり中医学での脾臓は、なくなったらとても生きていられません。
中医学では脾臓は胃腸の消化吸収の機能を代表した臓器です。
じゃあ、胃腸なの?というと、そうでもありません。
難しいですね。
例えば膵臓。ここからは膵液が出て、色々なものの消化や吸収を助けます。
肝臓からは胆汁が出て、脂の吸収を助けます。
こんなものも脾臓の一部と考えます。
勿論、小腸などの吸収する力は脾臓の一部です。
私なりに解説すると、脾とは「食べたものを吸収して体に必要なものに変化させ、必要な場所に運ぶ機能を有するとされる架空の臓器」という事になります。
架空なので、全く実体が無いかというと、そうでもなくて、先ほど述べたような膵臓とか、肝臓の一部とか、小腸とか...
あまり難しく考えないで、なんとなく漠然と理解するのが中医学をマスターするこつです。

六味丸

六味地黄丸は補腎陰薬に分類されています。
ただ、純粋な補腎薬ではありません。
非常に巧妙につくられています。
まず三補、三泻といって、補うものが3つ、汚れを綺麗にするものが3つ配合されています。
補うものは地黄、山薬、山茱萸です。
それぞれ腎、脾、肝の陰を養う働きがあります。
汚れを綺麗にする部分としては、
沢瀉、牡丹皮、茯苓が配合されています。
沢瀉は腎の中の余分な水、牡丹皮は肝の淤血、茯苓は脾の中の水の流れを改善します。

落ちている気を持ち上げる

体も引力の影響を受けます。
ですので、気がいろいろなものを持ち上げていないと、みな下に降りてしまいます。
気のこのような持ち上げる力を「昇提作用 しょうていさよう」と言います。
例えば、胃下垂、脱肛、游走腎などの内臓の下垂をはじめ、呼吸困難、人事不省なども気が上がらないためです。
軽いものではめまいや眠気などがあります。
気の昇提作用を助ける作用の生薬は沢山あります。
発散させる作用のあるのは殆ど上に昇る性質があります。
また花を部位とする生薬は旋覆花を除いて皆上に昇ると言われています。
こうしたものを補気薬と組み合わせルと益気昇提作用の処方が出来上がります。
よく使われるものは、黄耆、人参、白朮などの補気薬に、柴胡、升麻、桔梗、荊芥などをあわせます。
代表方剤は補中益気湯や升陥湯です。
升陥湯は日本では使われませんが、中国では常用処方の一つです。

胆は決断力

胆は、西洋医学では胆嚢で、胆汁を入れる袋です。
手術でとってしまっても、そう大きな問題はありません。
しかし、中医学ではとても大切な役割をしていると考えます。
大胆という言葉が示すように、大胆な人は決断力があります。
つまり胆は決断力と関係しているのです。
肝っ玉という言葉があります。
肝臓にくっついている玉、つまり胆嚢を指すと思われます。
肝っ玉が大きいとう事は大胆と同じです。
これに反して肝っ玉が小さい場合は、絶えず不安になります。
温胆湯は痰湿をとる作用として有名ですが、もともとは肝っ玉を大きくする為に考えられたものです。
痰湿が胆にたまると、小さい音に驚き、絶えずびくびくします。
ちょっとした事で肝を冷やす事になります。
痰湿をとる事で肝っ玉が冷えなくなるという事で温胆湯と名付けられました。

脾は運化を司る

中医学の用語で、脾は運化を司るとあります。
この運化とは何を意味しているのでしょうか?
運ははこぶ、化は変化させる作用です。
現代医学的に言えば、運は食べたものを吸収する作用です。
胃に蓄えられた食物は、膵臓からの消化酵素や胆汁などと一緒に小腸から吸収され肝臓に運ばれます。
このあたりまでが運という作用になります。
そこから先が化です。
化は新陳代謝を意味します。
肝臓の代謝機能、細胞での代謝などは化の部分になります。
脾の病気を考える時、運についてはよく考えますが、化の部分はあまり注意が払われないという事があります。
例えば、食欲が無いとか、消化しないとか、下痢をするなどは脾の運に問題があるとすぐに解ります。
しかし、代謝が落ちているとか、疲れやすいなどの場合は脾の化に問題があります。
運に問題がなく化に問題がある場合、脾との関連性に気がつかない事も多くあります。
脾の化の作用を強めるのはやはり人参が1番でしょう。
これに対して茯苓、白朮は運に対しての効果になります。
処方で言えば、四君子湯はやや運に、人参湯はやや化に重点をおいた処方です。
運と化の違いを考えると、この違いがよく理解出来ます。

漢方は医療なのか文化なのか?

漢方は病気を治すという目的では医療そのものです。
ただ、もう一つ、漢方には文化という側面も持っています。
日本では医療の一部としてしか漢方は考えられていませんが、中国、台湾、韓国では違います。
その国の文化として、しっかりと根付いています。
例えば韓国。何処に行っても「鹿茸」や「人参」が見られます。
料理の中にも人参をよく使っています。
そして、韓国人のうちの半分くらいの人は病気でなくても健康維持や美容のために何らかの漢方薬を飲んでいるそうです。
台湾とはというと、野菜を売るように漢方薬を売っています。
また、青汁のような漢方ジュースもあります。
この生薬にはこういった効能があるという事もよく知られています。
つまり健康維持として漢方は広く普及しているのです。
これらの物は長い歴史の中でその国の文化として根付いています。
日本では残念ながら漢方の普及率は高くありません。
また漢方は医療の一部で文化と言える程、国民に支持されていません。
いつか日本にも漢方文化が根付くと良いと思っています。

強人傷寒発其汗、虚人傷寒建其中

強人とは、体力のある人です。
日本漢方で言う実証のような体質の人です。
そのような人は、風邪やインフルエンザなどに傷寒にかかった時は、麻黄湯とか葛根湯なとで発汗すると治ります。
ただ、発汗にはある程度の体力が必要です。
ですから、体力の無い人に無理に発汗してしまうと、体力を消耗してしまいます。
このような事から、虚人、つまり体力の無い人は、建中、つまり胃腸を調えるという方法を優先されましょうと言う意味です。
虚証の人に発汗剤が使えないという事ではありません。
あまり強い発汗薬ではなく、また同時に健脾も考えましょうという意味です。
このような事で生まれた処方が参蘇飲です。

治身、太上養神、其次養形。

准南子の言葉です。
形というのは、肉体を意味しています。
神は精神です。
病気を治療するのは、まず精神を養う事が1番大切で、身体を治療するのはその次であるの意味です。
精神的な部分がしっかりしていないと、いくら良い治療をしても効果が出にくいという事です。
ストレスの多い現代社会において、とても名言だと思います。

活到老、学到老

これは、老中医がよく使う言葉です。
日本語に翻訳すると、「生きている限り勉強だ」という意味です。
中医学は奥が深く、全部勉強するには一生かかっても足りません。
今も昔も偉大な中医師は、亡くなる直前まで勉強を続けていました。
私も活到老、学到老の精神で頑張りたいと思います。

昼発熱者従、昼発寒者逆

1日の中で陰陽の状態は変化しています。
これに従って、体内の陰陽もまた変化しています。
朝から夕方までは、陽気が、衰 → 盛 → 衰 という過程をとります。
また夕方から明け方までは、陰気が 衰 → 盛 → 衰 という過程になります。
人間の体もこれにあわせて変化します。
ですので、昼の陽気の多い時期に、発熱するのは「従 (順)」であり、陽気の多い時期に冷えるのは「逆」になります。
一般に、順よりも逆の方が病気が重いと考えます。

脈の部位

さて、ここまで主に脈の形状について説明して来ましたので、これから脈の部位について説明します。
古代の脈診は手首の脈だけでなく、足首の脈や首の脈など様々な部位で脈診をしました。
しかし、それでは診察がとても大変です。
最近は手首の脈の部位を「寸、関、尺」と分けて、それぞれ上半身(上焦)、まん中(中焦)、下半身(下焦)とします。
左右により、次のような対応になります。
 左 寸  心
 左 関  肝
 左 尺  腎(子宮)

 右 寸  肺
 右 関  脾
 右 尺  命門(卵巣)

このようになります。
よく見ると、左は血に関係する臓、右は気に関係する臓になっています。

例えば、右の寸脈が弱い場合は、肺気虚の事が多く、風邪をひきやすい、息切れがしやすいなどがあります。
右の寸脈が異常に強い場合は、肺に痰濁がたまっている事が考えられます。
この場合は、喘促、呼吸困難などがあります。
右の関脈が弱い場合は、脾気虚で、胃腸が弱く、食べても太らないとか、下痢しやすいなどがあります。
胃の手術をしたような場合も右の関脈がとても弱くなる事があります。
右の関脈が強すぎる場合は食滞で、食べ過ぎ、飲み過ぎの事が多いようです。便秘の場合もあります。
右の尺脉が弱い場合は腎陽虚で、冷えやすい体質の事が多くあります。

左の寸脈が弱い場合は、心の気虚や血虚で、動悸、めまい、たちくらみ、不安感などが出やすいです。
左の寸脈が強すぎる場合は、心に邪気が多い状態で、のぼせ、イライラ、不眠、鼻血、高血圧などがあります。
左の関脈が弱い場合は、肝気虚か肝血不足です。
逆に左の関脈が強すぎる場合は、肝火とか肝鬱です。
肝鬱の場合は弦脈になりやすく、肝火は洪脈か滑脈になりやすいです。
左の尺脉が弱い場合は、腎陰虚が多くみられます。
また左の尺脉が強すぎる場合は、腎や膀胱に水邪などがたまっている場合にあります。
排尿困難や排尿痛、むくみなどがおこりやすくなります。

昔、今のようにCTだのエコーだのが無い場合、脈は重要な手がかりとなりました。

ただ、脈はある程度の目安で、脈だけで断定する事は出ません。
かならず他の症状と照らし合わせて考える事が大切です。

脈診は非科学的なものではありません。
非常に多くの患者さんの統計と考えてください。

短脈

短脈は長脈の反対で、指の幅1本くらいの短い脈です。
短脈は、気に問題があるとされる脈で、力がある場合は気滞、力が無い場合は気虚を意味します。
また、短脈で滑脈がみられる場合は、胆気虚で痰湿がたまっている場合によくみられます。

長脈

脈は、通常では指の横幅3本分の長さです。
これより長い脈を長脈と言います。
長脈は気血が充実している場合です。
健康な人に長脈がみられるのは良い状態です。
ただ、体内に熱がこもっているような場合にも長脈はよくみられます。
このような場合は交感神経が興奮している事が多く、イライラしたり、不眠になったりします。

牢脈

牢脈とは、沈んでいて、太く固く、また動かない脈です。
牢は閉じ込めるという意味ですから、閉じ込められた脈です。
意味としては邪実で、邪気が裏にあるという意味です。
多くは寒邪ですが、熱邪の場合や食滞などの場合もあります。
もし、虚証で見られる場合は、体証と脈証があっていない事になり、あまり良い状態ではありません。
冬の寒い時期はたまに牢脈がみられますが、夏はあまりみられません。

散脈

散脈は、浮で力がなく、強く触れると散ってなくなってしまう脈です。
速さも一定ではありません。
このような脈がみられるのは、元気が散乱している状態で、危険な状態です。
当然、お店に来られるような方ではこのような脈の人はありません。

革脈

革脈は弦脈に似ていますが、弦脈より少し太い事が多いです。
また、浮脈になる事が殆どです。
太くて、浮いていて、大きく力強い感じの脈ですが、少し力を入れてみると中が空洞のような感じがします。
革脈は実ではなく、虚の脈です。
気虚や陽虚でよく見られます。
もし血虚の場合で革脈が見られる場合は、陽気が脱しようとしている場合があり、これはあまり良くありません。
革脈は、長脈になりやすく、疲れやすい、動悸、不眠、多汗などを同時にうったえる事が多い脈です。

緊脈

緊脈は、弦脈に似ています。
弦脈よりもっと固く、ちょうど弦脈を、こよりのようによって、つよくした感じです。
弦脈との区別はあいまいで、どこまでが弦脈で、どこからが緊脈なのかという判断は、診察する人の主観が入ります。
意味としては、弦脈とほぼ同じですが、慢性病で緊脈が出る事は少なく、殆どが急性病になります。
風寒の邪気が体表をおかしたような場合によくみられる脈です。
また、強い痛みなどでも緊脈が出ます。
緊脈は体に強いストレスを受けている状態ですから、緊脈が長く続くのは良くありません。
ですから緊脈が見られた場合は、適切な治療が必要になります。

弦脈

弦脈とは、脈が固く、ちょうど弓の弦のような状態の脈です。
血管が収縮している状態と考えられます。
血管が収縮する原因としては、寒さ、ストレス、痛みなどがあります。
時に弦脈で、非常に長い脈の事があります。
このような場合は交感神経が興奮している事が多く、不眠症やイライラなどを伴う事が多いようです。
逍遥散を使うような場合は、弦でも細で、力は弱く、四逆散の場合は弦でもやや沈の事が多くなります。
弦脈の人は緊張しやすいタイプが多いので、つねにリラックスするように心がける事が大切です。

渋脈

渋脈は澀脈とも良い、流れが悪い状態の脈で、ちょうど滑脈の反対の脈になります。
中医学的な意味は、血液の汚れ、瘀血を意味しますが、それ以外にも血の不足(血虚)や気虚でも渋脈が出る事があります。
滑脈はちょっと慣れるとよく解る脈なのですが、渋脈が解るようになるには、少し訓練が要ります。
渋脈の渋るという感覚は口で説明出来ない感覚なので、誰かに教えてもらわないとなかなか解りません。
しかし、一度解ってしまうと、意外に渋脈の人は多いものです。

滑脈

滑脈は、流れが円滑な脈で、指にふれると玉がころころところがっているような感覚の脈です。
痰(汚れた水、脂、繊維)などが多い時にみられる脈ですが、それ以外によく見られるのが妊娠です。
中国や韓国の時代劇で、この脈がよく登場します。
妊娠検査薬やエコーがなかった時代は脈で妊娠なのか生理不順なのか判断しましまた。
妊娠でなくても高温期にはよく滑脈が診られます。
滑脈の条件としては、血管が軟らかく、かつ、流れがスムースな時にみられます。

もし、滑脈で、関の脈しか触れない場合は短脈となり、痰湿が多い場合の脈です。
滑脈で、寸関尺ともバランスよく触れる場合は、妊娠とか高温期、また気血がさかんな場合です。

沈脈

沈脈は、浮脈の反対で、軽く触れても解らないけども、力を入れて脈をとると解るものです。
「石が水の底に沈んだような脈」と言われいます。
沈脈は病気がない場合にもよくみられます。
特に寒い冬などは沈脈になりやすいです。
沈脈で力がある場合は病邪が裏(体表でなく体内)にある状態と判断します。
たとえば沈で遅、弦などの場合は裏に寒邪があります。
沈で数、洪大などの場合は裏に熱があります。
沈脈で力がない場合は裏が虚していると考えます。
陽気の不足、気血の不足があります。
ただ、陽気の不足、気血の不足でも必ずしも沈にならず浮になる事もあります。
陽虚で脈が浮に成る場合は陽の気が脱しようとしている重篤な場合があります。
また気虚、血虚の場合も浮脈になる場合は症状がひどい事が多くなります。

浮脈

浮脈は脈が浮いている状態です。
脈が浮いているとは、脈の部分をかるく触ると強く感じるけれども、強く押すと触れにくくなるものです。
邪気が体表にある場合と、気虚を意味する場合があります。
邪気が体表にある場合とは、風邪などの引き始めなどによくみられるように、急性病の始めによく見られます。
邪気の性質によって、浮でも軟らかい脈になったり、固い脈になったりします。
気虚の場合は、一般的には大きくて軟らかく、すこし締まりがない感じの脈になります。
気には体表を引き締める力があり、この力が不足するためです。

結脈と促脈

結脈と促脈はどちらも不整脈ですが違いがあります。
結脈は、遅脈の状態での不整脈です。
陰気が盛んで、気の流れが悪くなっている時に見られます。
血流は瘀滞して気が不連続になっています。
寒痰が心脈に停滞している場合などによく見られます。
病気が長引いて体力を消耗している状態です。

これに対して促脈は数脈の状態の不整脈です。
陽熱が盛んな場合とか、気血食痰などの鬱の場合にみられます。
正気と邪気が激しく争うと化熱して脈は速くなります。
この時に邪気によって一時的に脈気がつながらなくなると不整脈がおこります。
邪気がつよい場合は脈も速いだけでなく強くなります。
病気が長引いて正気が虚してくると脈も弱くなります。

遅脈

遅脈は、数脈の反対で、遅い脈です。
脈は熱があると速くなり、冷えると遅くなる傾向があります。
ですから遅脈は、冷えを意味します。
この場合は、冷えは、陽虚などのように身体が温める力が不足している場合と、「寒」邪をうけた場合があります。
陽虚の場合は、腎陽虚、脾陽虚、心陽虚などがあります。
これは、冷えている場所の違いですが、実際的には症状の違いになります。
寒邪の場合は、表裏を考えます。
また寒邪が長く体内に居座る宿寒の場合もあります。
あまりに脈が遅く、また不整脈を伴う場合は心臓に問題がある場合がありますからお医者さんの診察を受けて下さい。

これ以外に正常な遅脈もあります。
例えば、若い頃に激しい運動をしていた場合は心臓のポンプの力に余裕があります。
身体がスポーツに順応するためです。
この場合は運動していない時の脈は遅脈になります。
漢方的には、このような人は適度な運動を続ける事が大切です。

数脈

数脈とかいて、「さくみゃく」と読みます。
速い脈です。
速度だけの問題ですから、脈診の初心者でもすぐにわかる脈です。

非常に早い脈を疾脈と言いますが、漢方的な意味は同じで程度の違いになります。
数脈は一般的には熱を表します。
風邪や発熱性疾患で体内に熱がある場合に数脈になります。
ただ数脈がすぺて熱かというとそうとも言えません。
数脈には気虚の場合と血虚の場合がよくあります。
気が充分にあれば、心臓はゆっくりと、力強く血液を送り出します。
ですから、多少の運動でも数脈にはなりません。
心臓が押し出す力が充分でないと、少し動いただけで血液の供給量が不足して心臓がバクバクします。
これが気虚で数脈になる理由です。
また、血が不足しても血液の供給量が不足して、心臓がそれをカバーしようとして数脈になります。
簡単に言えば心が空回りしている状態です。
この場合は多くは、動悸や息切れが見られます。

脈診について

今回より脈診について、少しずつ書いていこうと思います。
私は鍼灸師の免許を持っていますから、自由に漢方的な脈診をする事が出来ます。

脈診をする時は、いろいろな流派があります。
一般的には、次指(人差し指)、中指、薬指の3本の指を橈骨動脈にあてて脈診をします。
この時、次指が手首にくるようにて、3本の指をならべます。
次指にあたる部分を寸脈、中指にあたる部分を関脈、薬指にあたる部分を尺脉といいます。
寸脈は上半身、関脈は身体のまん中、尺脉は下半身の意味があります。
右手は気にかかわるので、寸は肺 関は脾 尺は腎陽(命門)となります。
左手は血にかかわるので、寸は心 関は肝 尺は腎陰 となります。

治則 宿火

いろいろな宿邪は体内に長期に止まると化火する事が多くなります。
そのため宿邪の中では宿火が一番多くみられます。
宿火の治療は宿火が何処にあるかによって違いがあります。
多くは温病の理論「衛気営血」辨証を用います。
例えば李振波という中医師は白血病を伏気の温病の理論で治療しています。
また張志堅という中医師は温病で用いられる昇降散でアレルギー性の紫斑病性腎炎、アレルギー性血管炎、シーグレン症候群、非細菌性尿道炎などを治療しています。
アトピー性皮膚炎も宿火の一種ですが、宿火が血分にある場合、気分にある場合、衛分にある場合などで使う漢方も異なってきます。
またヘルペスなどのウイルス疾患も宿火の一種と考えます。
清熱解毒の板藍根などがよく使われますが、これはインフルエンザにもよく使われています。
ヘルペスは宿火ですが、インフルエンザか外邪です。
この違いはありますが、使う漢方は良く似ています。

中国研修

中国の広州中医薬大学附属病院の研修団の団長として行ってきました。
今回の研修の中では、耳鳴りの臨床研修が良かったです。
中国各地から、どの病院でもお手上げ状態の患者さんが多数訪れていました。
数十年の耳鳴りも含めて70%の効果があるとの事でした。

治則 宿燥

宿燥の場合は、身体が乾燥するという事で津液不足や陰虚と混同しやすくなります。
しかし、両者には虚実の違いがあります。
宿燥の場合は、津液を補う事や陰を補うだけでは駄目で、必ず去邪する必要があります。
例えば桑杏湯などです。
辛味で潤すという概念も、津液不足に対してよりも宿燥に対して有効と思われます。
勿論、燥邪が長く去らない理由として津液不足や陰虚が関係する事も多くあります。
この場合は養陰清肺湯などが用いられます。
宿燥がある時に、滋陰のものだけを用いると邪気を閉じ込めてしまい、邪気がなかなか去らないという現象がおこります。
麦門冬湯に半夏が含まれているのは、これを避ける為と考えられます。
シーグレン症候群などの場合、ただ潤すものや陰を補うものだけを使っても思うような効果が出ません。
やはり宿邪を考えて去邪する必要があると考えられます。